クリーンベンチ開発に至った経緯
この度、このダイナミックラボでオープンソースのクリーンベンチを開発しました。 クリーンベンチとは一体何なのか、それは後ほどお話します。 ファブラボとは、様々な工作機械を備えた誰でも自由に使える工房。「使うモノを、使う人自身が作る文化」を目指したネットワークのこと。 ここでモノを作ることだけに限らず、自然と共生する暮らし方を体験して学びながらたくさんのことを教わりました。Juriの生い立ち
少し私の話をしますと、小さい頃から自然が大好きで、将来は生き物に関わる仕事がしたい!という想いで、理系の道を志しました。 大学時代は南米へ飛んで、コスタリカで野生動物保護NGOでボランティアとしてナマケモノやアライグマのお世話をしたり、無人島で海ガメの卵の保護活動をしながら、理学部の研究室に籠もって実験を繰り返す毎日を送っていました。 卒業後は、JICA青年海外協力隊としてブラジルへ渡航。 約8ヶ月の活動ののち、新型コロナウイルスの影響で日本に緊急帰国することとなり、現在このダイナミックラボに滞在しております。 ダイナミックラボを営む環境活動家テンダーさんは、地球の限られた地下資源をどう使うか、私たちが普段スイッチ一つで使うことのできる電気やガスもどのようにして得られたエネルギーなのかと、物事の本質を捉えて自分の選択に責任を持つ必要があると考えています。 その思想に触れて今までの自分の環境保護論が一変し、毎日胸が揺さぶられるような学びの日々を送っています。 当初1ヶ月の滞在予定だったのですが、気がついたら一つの季節が過ぎ、4ヶ月も経っていました。 ここでは太陽の熱で暖められたお湯で体を洗い、薪を焚いて煮炊きをし、排泄物が流れる浄化槽は自分たちで処理をしています。 ここでの毎日の学びを語るにはとてもここには書ききれないので、割愛させていただきます。 そんな生活を送る中、私がクリーンベンチを開発することになったことの発端は、テンダーさんのある提案でした。 「うんちの中の大腸菌を調べたいんだけど。」 というわけで、なぜテンダーさんがうんちと大腸菌に興味を持っているかをお話しします。私たちの排泄物を生態系に循環させる「コヤッシー」
ダイナミックラボでは、私たちが生活する中で出る生ゴミなども生態系に循環させるためにコンポストを使用しています。コンポストとは「堆肥(compost)」のことです。 また、コンポストトイレは、水を使わずに微生物活動によって排泄物を処理するトイレ。 従来の水洗トイレのように一度に大量の水を使って汚水を生み出しながら排泄物を処理するのでないコンポストトイレは、水不足や汚水問題など、数々の問題を解決してくれるものに思えました。 しかし、微生物活動を活発化するためにヒーターで温度調整したり、モーターで排泄物を攪拌する必要があります。微生物が活動しやすい環境を作るために熱や電気などのエネルギーを使うわけです。有限のエネルギーをどう使うかを追求しているダイナミックラボで過ごしている私には、それが腑に落ちませんでした。 さて、ここでテンダーさんが開発したKoyassy(コヤッシー)の登場です。 コヤッシーは、これまで「トイレ」と呼ばれていた道具で、私たち人間の排泄物を養分として回収し、生態系に循環させて活用させようというものです。 テンダーさん曰く、コヤッシーはコンポストトイレとは設計思想がそもそも違います。 コヤッシーには熱源も電気も必要ありません。糞便に灰をかけて混ぜるだけで無害化し、有機物として回収しようというのです。 そもそも糞便というのはほとんどが水分(約70%)で残りの30%は不消化物や腸内細菌やその死骸などです。 うんち=臭い という認識は、微生物活動によって産出されたメタンガス(さらに尿が混ざるとアンモニアガスも発生)によるもの。 コヤッシーでは、強アルカリ性の灰をかけることで微生物を死滅させて(強酸性または強アルカリ性条件下では生きていけない微生物が多い)糞便を無害なものにし、さらに堆肥にしてしまおうというお話なのです。 実際にテンダーさんは自宅ですでにコヤッシーを使用していて、匂いもほとんど気にならないと言います。 やはり灰によって微生物が死滅しているのか、、? これを実証するために「本当に灰をかけることで微生物が死滅するのか」を検証することになりました。 たびたび病原菌として登場するのは大腸菌ですが、全ての大腸菌が悪さをするわけではありません。むしろ腸内細菌の中で最も多いのが大腸菌です。 ですが一部の病原性大腸菌によって感染症が引き起こされたり、そもそも糞便中の大腸菌が大量に増殖してしまうことが衛生的に問題があるとして、様々な分野で汚染指標菌として扱われます。 アフリカで同じことをしているエコサントイレも大腸菌の死滅を指標に「灰をかけて糞便を無害化する」としています。便+植物の灰→たい肥 ※エコサントイレの公式ホームページによると、6ヶ月で大腸菌などが死滅参考文献:エコサントイレこのような理由から、私たちも大腸菌を指標菌として安全性を検証します。 そしてその検証のためにクリーンベンチという道具が必要なのです。
クリーンベンチとは
クリーンベンチとは、菌を扱う実験を行うための無菌環境の作業空間です。 クリーンベンチの構造自体はシンプルで、- ファン(モーター)
- フィルター
- 箱
ズドーーーン!! なぜ今まで思いつかなかったんだ、、!! この時、私はファブラボにいながらファブラボのことを全く理解していなかったのです。 今までクリーンベンチは、”研究者だけが使うもの”と私は考えてきました。 研究室にしかないから研究者しか使わない。用途も大学や企業の研究内容に限られます。 しかし、クリーンベンチの操作自体はとても簡単なのです。そんなクリーンベンチを安価で作ることができれば、研究者でなくても使えるようになります。 気軽にクリーンベンチが使えるようになれば、この雨水タンクの水は安全なのだろうか。傷口に破傷風菌はいないだろうか。と言った日々の生活に結びついた菌の実験ができるようになるかもしれません。 さらに身近な話をすると、キノコ菌を家で培養して好きなキノコを食べられるようになるかも知れません。またダイナミックラボのある鹿児島(日本一の焼酎県)で日本酒を製造することだってできるかも知れません。(酒税法により、1アルコール度数1%未満なら醸造OK!) 例えば、”家の近くを流れる川にはこんなにも菌がいる!”というようなことを知るだけで、普段は目に見えないモノや現象(でも確かにそこに存在している)が身近に感じられ、自然に対する認識が変わると私は考えています。 研究者としての私の発想にはなかった、日々の生活に根ざした小さな菌の世界を可視化できる可能性を感じ、クリーンベンチを使ってどんな面白いことができるだろうとワクワクしながら、
- オープンソース・クリーンベンチの開発
- コヤッシー実用化に向けて大腸菌培養実験
クリーンベンチV1の開発
そんなこんなで始まったオープンソース・クリーンベンチプロジェクト。 仕組みは至極簡単なのですが、流体力学や電気への理解、DIY技術・知識が乏しく、モーターのスペックを知るために電気の知識を学び、最適なファンを見つけるために風圧や風量、空気抵抗の計算をし、そんなことから一つずつ理解していく作業にはかなり骨が折れました。今回使用したモノその1 箱
今回使用したのはこちら。 アスベルのキッチンBOX 1680円今回使用したモノその2 フィルター
クリーンベンチのフィルターにはHEPAフィルター (High Efficiency Particulate Air Filter) という定格風量で粒径が0.3 µmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率をもつエアフィルター(JIS Z 8122)を使用することが規定されています。空気中の埃などを取り除いて清浄空気を作り出し、市販の空気洗浄機などにも使用されています。クリーンベンチ 送風機及びHEPAフィルター又はULPAフィルター(Ultra Low Penetration Air Filter)を内蔵し,作業空間を一定の空気清浄度に維持する 参考文献:日本工業規格(JIS B 9922)今回はじめに検討したのは、掃除機用のこちらのHEPAフィルター。 写真のような小型扇風機から業務用の大型扇風機まで色々試しましたが、このHEPAフィルターではどうしても風がまっすぐ通らず、十分な風量が得られず断念。 次に検討したのはAliexpressで購入したSUMSUNGの掃除機用フィルター。 うん。これなら風が一直線に通るし、十分な風量が得られそう。
クリーンベンチ のパーツ ファン(モーター)
モーターはラボにあった最も風力のあるブロワーを使用。 このブロワーのスペックは100V、450Wで、風量としては十分すぎるくらい。 ただ作業する上で弊害になりうるほどの騒音で、オープンソース化に向けては再考の余地あり、といった感じ。 ブロワーから掃除機のチューブを取り付け、HEPAフィルターとの結合部分は3Dプリントでアダプターを作成。 3D設計も初めてだったので一からテンダーさんに教わり、自分で設計しました。 こうしてできたクリーンベンチV1がこちら!じゃん!
連結部分は気密をとるためにシリコンで隙間を埋めています。 数々の壁を乗り越え、やっと完成したクリーンベンチV1。 ここまでが長かったのですが、まずは第一難関突破というところ。 ところが、第二難関はすぐに現れました。寒天培地の性能検討実験
これをクリーンベンチと呼ぶには、無菌環境の作業空間であるのか実証しなければなりません。準備するもの
- 寒天培地(微生物の栄養分)
- 70%エタノール(器具の消毒用)
- マッチやライター(器具の火炎滅菌用)
自作寒天培地の組成
- 純水(精製水が望ましいが、今回は煮沸させた水を使用) 500ml
- 寒天 7g
- グルコース(砂糖)5g (炭素分として)
- 肉エキス 5g (窒素分として)
- NaCl(塩)1g (pH調整のため)
モノタロウで購入した一般生菌数測定用 標準寒天培地。
この市販の標準寒天培地の組成はこちら。市販標準寒天培地の組成(23.5g(1L分)中)
- カゼイン製ペプトン 5.0g
- 寒天 15.0g
- 酵母エキス 2.5g
- ブドウ糖 1.0g
クリーンベンチの性能検証
- 試料を混合
- 試料の滅菌操作
- クリーンベンチ内でシャーレに分注
コロニーができていない!!
これでクリーンベンチ性能検証できました!
市販のクリーンベンチのような厳密な性能評価はできませんが、大腸菌の検出には不足のない無菌環境を獲得したクリーンベンチができました。灰で本当に大腸菌が死滅するのか
いよいよ「本当に灰をかけることで大腸菌が死滅するのか」検証実験に取り掛かる段階まできました。(ここまでが長かった、、、)クリーンベンチ操作方法
- 手を肘くらいまで石鹸で洗う
- スイッチを入れてから、扉を開け、作業終了時まで常時風を送り続ける。
- クリーンベンチ内を70%エタノールで隅々まで拭く
- クリーンベンチ内に器具やサンプルを持ち込む場合は70%エタノールで除菌してから持ち込む。
- 無菌操作を行う。
灰による大腸菌の生育阻害実験
冒頭でお話した通り、コヤッシーを使用する上での安全性を検証するために大腸菌を指標として評価します。 実は、竹灰で大腸菌などの腸内細菌が不活性化することは論文ですでに発表されているのですが、参考文献:竹・バーク燃焼灰における殺菌・消臭効果竹からできた灰だけでなく、紙や植物を燃やした灰でも同様の結果が得られるのかを検証するのが今回の実験の目的。(ダイナミックラボでは煮炊きには全て薪を使用しているので灰がたくさんあります。)
(バンブーマテリアル(株))○岡田久幸,宮崎龍一,(鳥取大学)伊藤啓史
今回は大腸菌のみを指標として評価するので、大腸菌群のコロニーのみが選択的に赤く染まるデゾキシコレート培地を使用。
モノタロウで購入した大腸菌群用デゾキシコレート寒天培地。
デゾキシコレート培地は食品の大腸菌群検査に広く用いられている培地で、この培地の原理は、大腸菌が乳糖を分解することで、赤色のコロニーを作ることができるというもの。 標準寒天培地と同様の手順で培地を作ります。 注意点は、高圧蒸気滅菌しないこと。(熱に弱い培地のため品質に影響が出る)
今回使用したサンプル
同じような食生活(肉食)、生活習慣を送っている3人にご協力頂き、それぞれの糞便をサンプルとして使用しました。 排泄ごとに糞便に対して3−5倍の灰をかけて細かい粒子になるまで攪拌します。 こんな感じ。 こちらは3ヶ月経過後の灰と糞便の混合体(=以後、「灰便」)ですが、うんちの匂いは全くせず、さらさらの灰ののようになっています。 これで灰による糞便の消臭効果も体感できました。 さらに、この灰便を排泄日を0として経過時間ごとに分けます。 これらをデゾキシコレート培地に培養します。 赤いコロニーができれば、灰によって大腸菌が死滅しなかったということ。 赤いコロニーができていなければ、灰によって大腸菌は死滅しているということ。 では早速やってみましょう。準備するもの
- 灰便サンプル
- 灰を混ぜていない糞便(対照用)
- 精製水(今回も煮沸水を使用)
- 70%エタノール
- デゾキシコレート培地(サンプルの数必要)
実験方法
- それぞれのサンプルを0.1 g計測。
- クリーンベンチ内で各サンプルを精製水1mlに希釈。
- できた希釈液を寒天培地に滴下。
- 24時間培養し、コロニーを観察。
いやー長かった!
2020.10/11 12:00追記今回の実験では、サンプルとして比較的粒度の小さいものを選んでしまったために、灰に対して糞便の比率の少ないサンプルを優先的に選択した可能性があるとテンダーさんから指摘を受けました。粒度の大きいサンプルを抽出して同様の実験を行うと異なる結果が得られることも考えられ、この実験に関しては今後も検討の余地あり。
コメント
コメント一覧 (2件)
初めまして。
ファンの羽がどうしても取れないのですがご教授いただけないでしょうか?
随分前の話なので、細かいファンの構造を覚えてないのですが、一般には「逆ねじ」か「嵌め合い」で固定されているはずです。
逆ねじは左に回すと閉まるねじなので、右に回せば外れるはず。
嵌め合いの場合、「プーリー抜き」という、別の道具が必要かもしれません。(使ったような気もする)
うちで使っているのはこれで、このためにわざわざ3本セットを買う必要はないと思いますが、色々分解&修理をされるのであれば持っておいて損はないと思います。